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【アートの楽しみかた】もっと、知る識る! フェルメール vol.3

全3回で、ヨハネス・フェルメールについてお伝えしています。
前回までは、彼の人生と作品に隠された意味を、描かれるアイテムから読み解いてみました。

3回目の今回は、フェルメールが活躍した17世紀オランダで、市民がどんな生活を送っていたのかをご紹介いたします。

ヨーロッパ中で、最も“読み書きできる人”が多い

聖書重視ゆえに…!

17世紀のオランダでは、読み書きができる人が、他国に比べて多かったそうです。
その理由は、オランダ国民の半数以上がキリスト教のプロテスタントを信仰していたとされています。

カトリックは、大きな絵画や教会の美しい装飾で、その世界観を伝えているのに対して、プロテスタントは偶像崇拝が禁止されており、聖書に重きが置かれていました。そのため、聖書を読み、内容を理解することが必要でした。

また、オランダは貿易が盛んな国だったので、仕事に就くにも読み書きが必要なことから、子供向けに文字を教える夜間学校もあったそうです。こちらで紹介している作品では、子供達がろうそくの灯を頼りに、一生懸命に勉強している姿が描かれています。

ヘラルト・ドウ「夜間学校」1663年
(photo by WIKIDATA)

フェルメール作品にも“読み書きシーン”が!

改めて、フェルメール作品を観直すと、作中に“手紙”が頻繁に描かれています。
手紙を読んでいる姿もあれば、これから相手に送るであろうメッセージを書いている姿も!

こうしたところからも、オランダでは“読み書きできる人”が多かった様子が伺えます♡

こちらの作品の女性は、窓から入る光で手紙を読んでいる姿が描かれています。
窓ガラスにうっすらお顔が反射していますが、どんな表情で手紙を読んでいるのでしょう?
見えそうなのに、はっきりとはお顔の表情が見えない…。そんな部分が、私たちの想像を膨らませてくれる作品ですね^^

ヨハネス・フェルメール『窓辺で手紙を読む女』1657-59年
(photo by WIKIDATA)

貿易国ならでは!?どこか見覚えのある衣装…

17世紀に貿易大国となったオランダでは、輸出入が盛んだったこともあり、ヨーロッパ以外の諸外国から、品物が入って来ることも多かったようです。

1600年代前半から鎖国を始めた日本ですが、オランダとは交易をおこなっていました。そんなオランダと日本の関係を伺うことができる品物が、フェルメール作品から見つけることができます。

ヨハネス・フェルメール『地理学者』1669年
(photo by WIKIDATA)

この作品の人物が着ている青い衣装は、着物であり“綿入れ”なのだそうです。
当時のオランダでは、日本から着物などが輸入されており、このように着用されていたのだとか。

「ちょっと羽織るのは、ダサいっしょ!」…なーんて思ってしまう綿入れですが、17世紀のオランダでは、まさかのステータスシンボル!!

この冬は、こちらの作品のように、ちょっとおしゃれに“綿入れ”を羽織ってみてもいいかもしれません。
(ちなみに私は、去年まで祖母お手製の綿入れを、毎年羽織ってましたよ♡笑)


3回にわたってお伝えしました「もっと知る識る!フェルメール」

とても人気があるフェルメールの作品だからこそ、じっくりと楽しみたいものですよね。
フェルメールの生きた時代にググッと近づいて、より作品を味わって頂けたら嬉しいです♡

メインキャプション:ヨハネス・フェルメール『デルフトの眺望』1660~61年
(Photo by パブリックドメインQ:著作権フリー画像素材集